「ほっ」と。キャンペーン
2013年 12月 10日
目撃者を探しています! 12/10 追記
原田です。

皆様から沢山のコメントや、励ましのお言葉をいただき感謝しています。
ご支援下さる皆様、本当にありがとうございます。

息子が新宿駅で災難に遭ってから、四年が過ぎようとしています。
早いもので、息子が急逝して、明日が四回目の祥月命日となります。

皆様に今日は、息子のボイスレコーダーに録音された、事件当日の出来事についてお伝えしようと思います。

1 私の一人息子 原田信助(当時25歳)は、平成21年12月10日の午後11時頃、JR新宿駅構内を通行中に、見知らぬ男子大学生より、突然階段から引き落とされ、暴行を振るわれました。その大学生の連れの女性が、駆けつけたJRの職員に、「(お腹のあたりを触る)痴漢行為をされた」と申告したため、二名の駅員からも暴行を振るわれました。
 息子は,何とか抵抗して体制を反転し、「今、暴行を受けている」と、携帯電話から110番通報しました。ところが、新宿駅西口交番から駆けつけた警察官に無理やり連行されたのは、息子の方でした。
「任意同行」と称されて、交番に連行された後拘束され、電話も帰宅も許されず、「あなたは被害者なんだから、署に行って、専門の刑事さんに話をしなければいけない」と,平岡雅大巡査部長に騙されて、新宿警察署に連行されました。
 息子は,新宿警察署の刑事に、「痴漢容疑の取り調べだ」と言われて、初めて自分に痴漢容疑がかけられていることを知りました。息子は、自分が暴行を受けた被害者であることを、何度も説明しましたが、新宿署の刑事たちは、息子を痴漢犯人と決めつけ、翌朝の4時頃まで、自白を迫る取り調べを行いました。息子は、新宿警察署を出た直後、その足で母校のあった早稲田駅まで電車を乗り継ぎ、自ら命を閉じたのです。

2 息子のボイスレコーダーは、息子が電車に轢かれた早稲田駅に落ちていたとのことで、落とし物として届けられ、私の手元に来ました。
 ボイスレコーダーには、警察から事情を聞かれる息子の言葉が残されていました。その息子の言葉によれば、息子は新宿駅のホームに向かう階段の3,4段目から、突然右腕を引っ張られ、階段の下に背中から落ち、その上に見知らぬ男性に馬乗りになられて「お前だろう,お前だろう」言われながら、首付近を何度も床に打ち付けられたということでした。息子は「何なんだ」と答えながら、身の危険を感じて相手を反転させたところ、駆けつけた二名の駅員からも暴行を受けながら、何とか立ち上がって 110番通報をしたということでした。110番通報は、新宿駅西口交番の警察官が到着するまで継続し、「私が暴行を受けた状況を,リアルタイムで(通信指令センターの)山岸さんに、ずっと説明していた」ということでした。

3 息子のボイスレコーダーには、新宿署の刑事が「女性の方が階段で、あなたにお腹を触られた被害を訴えている」と言って、朝の4時頃まで、取り調べをした様子が録音されていました。
 息子は、「駅の防犯カメラを調べて頂きたいのですが ・・」「女性の服から、何か反応とか採れないんですか ・・?」「目撃者を探して頂けないでしょうか ・・」と、最後まで正常な捜査をお願いしていましたが、新宿署の刑事は、「目撃者・・出てくればいいですね。新宿駅は、一日何十万人も通る訳ですからね」と全く取り合おうとしませんでした。
 翌朝4時頃、安平義則警部補に、「原田さん、もう帰っていいですから」と言われた息子は、訳の分からないまま、写真を撮られ(その前に 指紋も取られ・・)、「私は、これから冤罪被害者として、生きて行かなければならないのでしょうか・・?」と訊ねていました。
 
4 実はこの時、被害を訴えた女性が、「(息子は)服装が違うので、人違いだった」と言っていたことが、2010年12月27日に警視庁通信指令本部に対する「息子がかけた110番通報についての証拠保全の検証」で提出された「110番情報メモ」の処理顛末記録から、明らかになりました。
 ところが、新宿署は、息子が取り調べを受けた直後に自殺してしまったことから、人違いであることが判っていながら、息子を、「東京都迷惑防止条例の被疑者」と認定して、書類送致しました。
 そして、息子が必死で訴え続けていた暴行事件については、捜査を行わないまま、書類送検も行わず、事件として終わらせてしまったのです。

5 2011年4月26日に、国賠を提訴したのは、息子の名誉の回復のためと、この国の警察の捜査によって、息子のような被害者を二度と出してはいけないという心からの願いからです。現在まで、14回の口頭弁論が開かれましたが、東京都(警視庁)側は、「息子が、通路で女性のお腹を触った痴漢犯人」と主張し、根拠とする物証は一切提出していません。
 息子のボイスレコーダーには、事件当日 新宿署の署員らが、「階段で女性の方が、あなたにお腹を触られた被害を訴えている」と言って、朝の4時頃まで取り調べをしていた様子が、記録されていました。痴漢事件発生現場が、「階段」から「通路」に変わっていますが、このような事件が成立するものなのでしょうか。

第15回口頭弁論は、12月16日(月)11:00から 東京地方裁判所 803号法廷で開かれます。
休廷後、隣接する弁護士会館502D会議室にて、清水 勉弁護士による報告会を開きます。
皆様のご参加をお待ちしています。

明日は、息子が好きだった チューリップと霞草を届けに行って参ります。
息子はきっと側にいて、裁判の行方を見守ってくれていると信じています。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。
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# by harada-n | 2013-12-10 07:00 | Comments(3)
2013年 11月 10日
目撃者を探しています! 11/10 追記
原田です。

皆様から沢山のコメントや、励ましのお言葉をいただき感謝しています。
ご支援下さる皆様、本当にありがとうございます。

皆様に今日は、11月5日に東京地方裁判所で開かれた第十四回口頭弁論のご報告をしようと思います。

【原告が立証計画を提出】  
●9月17日(火) 東京地方裁判所にて、第13回口頭弁論が開かれました。
期日前の9月13日に、原告は、息子 原田信助の録音を法廷で再生、検証して頂きたいという【検証申出書】を、裁判所に提出しました。
◇原告は、裁判所に【甲14号証】※「2010年1月11日に、原告が新宿警察署にて、黄海副署長から説明を受けた会話の音声データ」と、その【証拠説明書】を提出。
◆被告東京都は、[準備書面(7)]を提出しましたが、依然として、事件発生現場の変遷の根拠や防犯カメラ等の物証には一切触れていません。

●11月5日(火)の第14回口頭弁論に向けて
◇原告は、10月4日(金)【準備書面(7)】、【甲15号証】(110番の仕組み)と、その【証拠説明書】を裁判所に提出。
【準備書面(7)】では、新宿駅西口交番の警察官が新宿署の井上警部補に連絡をした際、口走った「それ別件別件」について、再度求釈明を求めました。
◆被告東京都は、10月22日(火)付けで、[検証の申出に対する意見書]を提出し、「音声データ【息子 原田信助が録音した新宿署の取り調べの一部始終】を(法廷で)検証する必要性は認められないから、本件検証申出は、速やかに却下されるべきである」と主張しました。
◇10月29日(火) 原告は【立証計画】を裁判所に提出し、証人尋問を行う人証及び予定時間の計画と、その必要性について陳述(記)しました。

●11月5日(火) 東京地方裁判所にて、第14回口頭弁論が開かれました。

裁判長から、原告の代理人に「原告側証人の『陳述書』を、次次回の期日前に提出してほしい」というお話がありました。裁判長が「警察官を(証人として)・・」と仰った際、原告の代理人が「警察官だけではありませんよ」というやり取りがありました。
また、裁判長は、東京都の代理人に「原告の【立証計画】に対する意見と、被告側の【立証方針】があるなら、次回期日までに提出してほしい」と仰いました。

◆被告東京都の代理人は、「一ケ月半位かかる」と回答しましたが、裁判長の「12月13日までに提出できませんか」との問いに、「提出します」と回答しました。

◇休廷後、隣接する弁護士会館5階504会議室にて、清水勉主任弁護士による報告会が開かれ、【立証計画】で人証とされた15人についてのご説明がありました。

【立証計画:15人の証人について】

1 自称被害女性(氏名不詳) 被害を自称した女性

2 訴外甲(氏名不詳) 一緒にいた男性 (【甲10号証】訴外甲による被害者原田信助に係る暴行被疑事件(平成22年検第14522号)については捜査記録が存在する)

3 訴外乙(氏名不詳)  一緒にいた男性

4 原田宏二氏(元北海道警察釧路方面本部長) 警察組織や業務の実情に精通している第三者としての証人

5 山岸薫(巡査長)(110番受理者) 息子 原田信助が暴行を振るわれて最中にかけた、110番通報の受理者

6 平岡雅大(巡査部長) 新宿駅西口交番における不法行為                 
①故原田の110番通報について事情聴取をしなかったこと             
②110番通報者である故原田を新宿駅西口交番に監禁したこと           
③故原田の帰宅希望や架電希望を拒絶したこと                 
④故原田に「被害者として新宿署に行く」と騙して、連行したこと          
⑤故原田に録音中止を求めたことの違法性                       

7 宿利貴征(巡査) 6に同じ

8 井上美佐雄(警部補) 新宿署において故原田及び自称被害女性ら3人について取り調べを行い、翌年1月26日には自称被害女性の「被害届」を作成した。

9 安平義則(警部補) 故原田からの事情聴取を直接的に担当していた。

10 大倉孝幸(巡査部長)  新宿署において故原田及び自称被害女性ら3人について取り調べを行い、「取り扱い状況報告書」を作成した。

11 永嶋晴美(新宿署巡査部長) 自称被害女性について「被害状況の再現」と「写真撮影」を行う際、自称被害女性が被害を受けた場所は【駅構内の階段】だったはずであり、すれ違い様に腹部を揉まれたと申告していたのに、新宿署内の講堂(平坦な場所)で被害状況の再現を行なっており、しかも静止状態で写真を撮影している。 また、平成22年1月21日付供述調書に、被害を受けた場所は【階段又は通路】と記している。

12 立延哲夫(警視正)(新宿署署長) 自称被害女性が、犯人は故原田ではなかったと説明し、故原田を被疑者とする事案は終結しているはずであるのに、「本件は、被疑者の身勝手な行為で犯行を頑なに否認するなど、許されるべきものではない」とし、故原田の自殺後に、犯罪捜査規範にない【特命捜査本部】を設置し、故原田を被疑者とする迷惑防止条例違反事件の捜査を遂行し、被疑者死亡で送検している。なぜこのような異常な捜査が行われることになったのか、警視庁本部との連携の実態を含めて明らかにする必要がある。

13 松浦克弘(警部)  【特命捜査本部】の責任者

14 警務部訟務課職員(氏名不詳) 警視庁本部が訟務対策として、新宿署に【特命捜査本部】を設置させ、警察官の対応を正当化するための捜査を行わせるよう、直接 指示をした人物。

15 原告本人(原田尚美)

今回の口頭弁論と報告会には、いつも傍聴ご支援下さる方々や、インターネットを通じて知り合った方々、仕事の合間に来て下さった方、新宿駅で目撃者探しにご協力下さった方々にご参加頂きました。

【国賠ネットワーク】の土屋翼氏、【犯罪被害者家族の会】(ポエナ)の小林邦三郎氏・出口広子氏にも傍聴ご支援を頂きました。

皆様、お忙しい中、本当に有難うございました。

12月16日(月) 午前11:00より、東京地方裁判所 803号法廷で、第15回口頭弁論が開かれます。

これからもご支援を賜りたく、宜しくお願い申し上げます。

息子が急逝して、四回目の命日を迎えようとしています。
息子はきっと側にいて、裁判の行方を見守ってくれていると信じています。
「継続は力なり」は、息子が好きだった言葉です。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。
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# by harada-n | 2013-11-10 05:40 | Comments(4)
2013年 10月 10日
目撃者を探しています! 10/10 追記
原田です。

皆様から沢山のコメントや、励ましのお言葉をいただき感謝しています。
ご支援下さる皆様、本当にありがとうございます。

皆様に今日は、9月17日に東京地方裁判所で開かれた第十三回口頭弁論のご報告をしようと思います。

今回の公判に先立って、原告側から東京地裁に、甲13号証 息子 原田信助が録音した「新宿警察署での取調べ:音声データ」と その検証申立書、甲14号証 私原田尚美が録音した「新宿警察署黄海副署長との会話:音声データ」と その証拠説明書(7)が提出されました。
被告東京都は、準備書面(7)を提出し、「警察の捜査に違法性はない」と主張しました。
◇原告代理人が【息子 原田信助の音声データの法廷での再現】の申立をしたところ、事実上、採用されました。
時期については、裁判長から「証人尋問の途中でやりませんかね!?」とご提案があり、原告側は了承しました。

ご支援下さる方が、弁護士会館での報告会の動画と、「検証申出書」を、HPにご登載下さいました。
ご高覧、宜しくお願い申し上げます。
【沙羅双樹の花のブログ】
http://sarasoujunohana.blog.fc2.com/blog-entry-857.html

第14回口頭弁論は、11月5日(火)午前10時〜 東京地裁709号法廷で開かれます。
予め原告代理人より、「証人尋問計画書」が裁判所に提出され、次回法廷で裁判所の判断を仰ぐことになります。

息子が急逝して、四回目の秋のお彼岸を迎えました。
お二人の方が、息子に菊の花束をお届け下さいました。
お心遣い有難く、心より御礼申し上げます。

10月1日、花店で誕生月のプレゼントとして、可愛いいバラの花束を頂きました。
息子からのプレゼントのように思いました。

白百合の向こうで、早稲田大学生時代の息子が優しく微笑んでいます。

明日は、息子の四十六回目の月命日となります。
11月1日は、黒木昭雄氏の三回目の御命日です。
黒木氏と息子は、どのような想いで、裁判の行方を見守っているのでしょうか・・。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。
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# by harada-n | 2013-10-10 07:00 | Comments(3)
2013年 09月 10日
目撃者を探しています! 9/10 追記
原田です。

皆様から沢山のコメントや、励ましのお言葉をいただき感謝しています。
ご支援下さる皆様、本当にありがとうございます。

息子の事件後、2010年2月28日に、荒川区議会議員の小坂英二先生が、HPに
【痴漢冤罪、そして自殺。目撃者を探しています。】 をご登載下さって、息子の事件をご拡散下さいました。http://kosakaeiji.seesaa.net/
2010年5月7日に、【夕刊フジ】が
【痴漢と呼ばれ事情聴取のあと自殺】をご報道下さったので、多くのが方々に息子の事件を知って頂くことができました。
その後、インターネット上でご支援くださる方々や、新宿駅まで「目撃者探し」の応援に来て下さる方々、多くのジャーナリストの方々に御報道頂いてまいりました。
故黒木昭雄氏との御縁から、【市民の目フォーラム北海道:代表】原田宏二氏、【明るい警察を実現する全国ネットワーク:代表】清水勉弁護士と出会い、2011年4月26日に国賠を提起することができたのは、皆様のご支援のお蔭です。

皆様に今日は、2009年12月10日に起きた【息子の事件の概要】と【事件後の経緯】をお伝えしようと思います。

【事件の概要】 
私の息子原田信助(当時25歳)は、平成21年12月10日午後11時頃、帰宅のため、
新宿駅構内を通行中に、見知らぬ男性らから、突然階段から引き落とされ、暴行を振るわれました。
駆けつけた駅員からも暴行を受け、息子は、何とか抵抗して体制を反転し、「今、暴行を受けている」と、携帯電話から110番通報しました。
ところが、新宿駅西口交番から駆けつけた警察官に無理やり連行されたのは息子の方でした。
「任意同行」と称されて、交番に連行された後拘束され、私に電話をすることも許可して頂けませんでした。そして、「あなたは被害者なんだから、署に行って、刑事さんに話さなければいけない」と、騙されて、パトカーで新宿警察署に連行されました。

息子は、新宿署の刑事に、「痴漢容疑の取調べだ」と言われて、初めて自分に痴漢の容疑がかけられていることを知りました。
息子は、自分が一方的に暴行を受けた被害者であることを説明しましたが、3人の刑事はメモでさえ取ろうとしませんでした。
翌朝まで一方的に自白を迫る取調べが続き、「原田さん、もう帰っていいですから」とやすひら刑事に言われたのは朝の4時頃でした。
次に新宿署に行くときは、被害届を出すことになったものの、やすひら刑事の「お互いに訴えあえ」「証人として、(暴行を振るった)駅員さんの話を聞く」等の言葉に打ちのめされ、また長時間の取調べのため、心身ともに疲れ果て、自殺に追い込まれました。

さらに警察は、亡くなった信助を、痴漢の被疑者と認定して書類送検し、一方で、息子が必死で訴え続けていた暴行事件については、捜査を行わないまま、書類送検も行わず、事件として終わらせてしまいました。

私がその夜、息子の身に何が起きたのかを詳しく知ることができたのは、息子が英会話の勉強のために持ち歩いていたボイスレコーダーを、私に残してくれていたからです。
新宿西口交番と新宿警察署の取調べの一部始終を録音した息子のボイスレコーダーには、突然の暴行によって傷ついた身体の手当てもされず、自分は110番通報した被害者だと説明しても、訴えを取り上げず、電話も許されず、身に覚えのない痴漢の被疑者として一方的に追及され、どんどん衰弱していく息子の声が収められています。

息子の人生は、希望に向かって歩み始めたばかりでした。息子は意志の強い努力家で、JAXAに入る時には、一日15時間も勉強していたことを、親友の方から教えて頂きました。
息子がいなくなり、初めてむすこの部屋に入りましたら、部屋中本がいっぱいで、資格試験の参考書が積まれていました。事件の前月には情報処理技術者の資格も取得していました。他にもまだまだ人生で挑戦したいことが沢山ありましたし、「将来、早稲田大学に奨学金をつくりたい」などの夢もありました。

2010年12月27日の警視庁通信指令本部の証拠保全の検証において、「お腹を触られた」被害を申告した女性が、事件の翌朝4時30分前には、「(息子は)人違いだった」と証言していた事実が明らかになりました。
警視庁新宿署は、人違いであることが判っていながら、四十九日(2010年2月29日)に、息子を、「東京都迷惑防止条例の被疑者」と認定して、書類送致しました。

【事件後の経緯】
■2009年12月10日~11日
午後11時頃、歓迎会から帰宅するために新宿駅構内を通行中だった息子は、女子大学生の(お腹を触った)痴漢犯人とされ、女子大学生の友人の男子大学生に階段から引き落とされ、一方的な暴行を受けた。
息子は110番通報をしたが、駆けつけた駅員・警察官より、痴漢犯人として扱われ、新宿西口交番から、新宿警察署に任意同行された。
そして、新宿警察署では痴漢の被疑者として、明け方4時頃まで取り調べを受け、その後、息子は、新宿署内で休息を取り、5時45分頃警察署を出ると、電車に乗り早稲田駅に行き、午前6時40分、電車に轢かれ重態となり、東京女子医大に搬送された。
午後7時15分に私(原田尚美)の携帯電話に牛込警察署より電話があり息子の事故を知る。

■2009年12月12日
牛込警察署から、息子の持ち物らしきボイスレコーダーが落し物として届けられているとの連絡を受け、息子の声を確認して受け取る。
新宿警察署に電話をして、息子が何故、新宿署にいたのか、何時までお世話になっていたのか教えていただきたいと訊ねるも、「わからない」という答えしか返ってこないため、110番に通報して、きちんとした説明を求める。

■2009年12月13日
新宿警察副署長黄海氏より、私に電話があり、
「息子さんと大学生3人との間でトラブルがあり、駅員に取り囲まれ、お腹を触られたんではないかとする痴漢容疑で新宿警察署(生活安全課)で事情聴取を受けるが、大勢の人間が行き交う新宿駅で、息子さんを痴漢と認定するのは無理という判断の元、痴漢容疑は晴れたが、 
その後、お互いの暴行容疑で事情聴取が続き、3時から4時ころ、『学校もあるだろうし、会社もあるだろうから、帰宅するように』と言われ、大学生は帰ったが、息子さんは休ませてくれ、と言って2階のソファーで休んだ。
息子さんが署を出たのは5時15分・・・5時から6時半くらいの間かな。誰かが付きっきりでいた訳ではないので、正確な時間は分からない」と説明があった。
私が「息子はケガをしておりませんでしたか?」と訊ねたところ、「外傷はありませんでした」と答えた。(※この電話の内容は、翌2010年1月11日の新宿警察署での会見の際、黄海氏本人に確認しています)
■2010年1月9日
新宿警察署副署長より電話。1月11日に会うこととなる。

■1月11日
午前10時 新宿警察署にて、黄海氏と生活安全課課長菅原氏と会見。
「息子さんは(痴漢容疑の)犯人ではない」と言われ、ボイスレコーダーの提出を求められる。
黄海氏の説明では、「息子と、息子と組み合った男子大学生一名のみが事情聴取を受け、女子大学生ともう一人の男子大学生は参考人、誰からも被害届は出ていない」と言われる。
事件当夜、息子が暴行を受けた現場からかけた110番通報の内容と、受けた暴行の内容については、後日確認後に連絡をいただいて、息子の代わりに私が暴行の被害届を出すことになった。

■1月28日
新宿警察署の生活安全課課長から電話があり、息子を東京都の迷惑防止条例(痴漢)の被疑者と認定し、書類送致するとのこと。
女子大学生の被害届が出されているのか訊ねたが、有無について明言を避けられ、
また「新宿署として認定した」と言われた。

※菅原生活安全課課長のお話
「いろいろですね、関係している方と、あと、そういったことでいろいろ捜査しましてです、
駅員さんとか、関係した学生さんの方からも話を聞きましてですね、あと、ビデオテープとかいろいろですね、あのー、捜査のほうで調べましたらですね、もう残念ですけれども、息子さんのほうがですね、迷惑防止条例の被疑者と認定しましてですね、送致すると言うような形になりましたので、予めですね、ご連絡っていうことで差し上げたわけでございます」1/28

■2月1日
同じく新宿警察署の生活安全課課長から電話。1月29日に息子を東京都の迷惑防止条例の被疑者として、東京地検に書類送致したとのことであった。
暴行容疑の事情聴取での調書は存在するのかと訊ねたところ、調書は存在しないと説明したはずであると返答。
■2月25日 
JR東日本、機器管理室のО氏から、東京都個人情報開示課のK氏に連絡があり、
「平成21年12月10日の新宿駅の防犯カメラの映像は、警察のほうから証拠保全の指示がなかったので、消してしまってありません。」(※1)

■2月25日
新宿警察署に、息子に代わって被害届を提出しようとしたが、拒否された。

JR新宿駅駅長室で助役さんに、12月10日の日誌を見せていただく。
[12月10日・8号ホーム23:05迷惑行為で110番]との記載を確認。
暴行現場である階段の上に設置された防犯カメラは「階段の下まで写すカメラ」であることを教えていただく。
新宿駅でのチラシ配りの許可はいただけなかった。
■3月1日
警視庁情報公開センターに息子の「110番通報」の開示を請求。

■3月11日
新宿駅でチラシを配り始める。

■3月16日
東京都庁個人情報開示課へ、「110番通報」の開示請求について相談に伺う。

■3月18日
弁護士に「110番通報」の開示請求のため「23条照会」をかけていただく。(3月24日付照会)

■3月23日
新宿警察署に男子大学生を住所氏名不詳のまま暴行容疑で告訴しようとしたが拒否される。
暴行現場である階段の手前に、新しい階段が完成。

■4月6日
東京地方検察庁に弁護士と告訴状を持参。

■4月8日
新宿警察署から「郵送した告訴状を返送する」と2度めの告訴拒否の連絡を受ける。

■4月12日
目撃者探しのためのブログを開設。

■4月20日
検察庁から電話。検察庁は告訴を受理する方向で動く旨および証拠としてボイスレコーダーを提出してもらいたいという要請を受けた。

■4月23日
息子が11時27分にかけた「110番通報の記録」が一部開示された。(4月19日付回答)

■4月27日
検察庁から電話。都の迷惑防止条例の不起訴記録は非開示と連絡を受ける。

■5月25日 検察庁から「男子大学生に対する告訴状は受理されている」旨の連絡を受ける。

■2011年4月26日
警視庁を提訴 東京霞ヶ関の弁護士会館にて記者会見

■2011年6月14日に東京地裁709号法廷で 第1回口頭弁論が開かれ、2013年7月9日に第12回口頭弁論が開かれました。

2012年1月31日には、東京地方検察庁 鎌田隆志検察官 より新宿署が検察庁に送致した300枚の【不起訴記録】が開示され、様々な真実が明らかにされました。


9月17日(月)11時30分から 東京地方裁判所709号法廷にて、第十三回口頭弁論が開かれます。
清水勉弁護士による報告会は、弁護士会館5階504号室にて開かれます。
皆様のご参加をお待ちしています。

2009年12月11日に息子が急逝して 明日は四十五回目の月命日となります。
毎月11日には、東北大震災で御急逝された方々と息子のために黙祷を捧げています。

息子が学生時代、通学に使った都電荒川線の大塚駅近くの線路沿いには、沢山のコスモスが花開いています。
東京ではようやく、秋の気配を感じるようになりました。
先日、花屋でドラセナ・サンデリアーナを見かけました。
2010年12月11日 息子の一周忌の法要に御参列下さった友人の方々がお贈り下さった花束の中にあったドラセナ・サンデリアーナは、その後一年近く元気に葉を広げていました。

「継続は力なり」 息子の好きだった言葉です。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。
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# by harada-n | 2013-09-10 11:46 | Comments(2)
2013年 08月 10日
目撃者を探しています! 8/10 追記
原田です。

皆様から沢山のコメントや、励ましのお言葉をいただき感謝しています。
ご支援下さる皆様、本当にありがとうございます。

皆様に今日は、近況のご報告をしようと思います。

2013年7月9日 東京地方裁判所 709号法廷で【第12回口頭弁論】が開かれました。 

今回の公判に先立って、原告側から東京地方裁判所に準備書面(6) 証拠説明書(5)書証(甲第10〜12号証)が提出されました。

【甲10号証】作成者:東京地方検察庁検察官検事 和田澄男 作成年月日:2012年11月21日
◇被害者原田信助に係る暴行被疑事件(平成22年検第14522号)については捜査記録が存在すること。しかし、原田信助を被疑者とする暴行被疑事件の記録は存在しないこと。新宿署は双方暴行についてどちらも送検していないこと。
【甲11号証】作成者:(株)日本記録士協会所属 記録士 吉本 洋子(反訳者)作成年月日:2010年1月11日
◇特命捜査本部において、故原田を被疑者とする都条例違反事件の捜査をしている最中に、新宿署の黄海副署長が、原告に対して、捜査状況を全般的に説明しており、警察では故原田を犯人だと判断していないこと、故原田を犯人だとする客観的な証拠がないこと、故原田を被疑者とする捜査はすでに終了しているので故原田の姿写真は裁断することになっていることなどを説明したこと。
【甲12号証】作成者:●● ●● (集団暴行事件の目撃者の方が検察庁特捜部にてご供述下さった陳述書)作成年月日:2010年10月17日
◇平成21年12月10日午後11時過ぎ、JR新宿駅の総武線ホーム(池袋方面行き)に向かう階段の下付近で、2mくらいの至近距離で目撃した状況は、私服で少し脱色した今どきの感じの髪型をした学生らしき2,3人の男性がひとりの男性を取り囲んで、うちひとりがうずくまっている男性の胴体付近を思いっきり何度も蹴っていた。周囲の人が「もう止めとけよ」と止めても、蹴るのをやめなかったので、駅員を呼ぶことになった。そのときにはまだ駅員も警察官もいなかったというものだった。

裁判長から、原告側代理人に、乙31号証(息子 原田信助が録音したICレコーダーの音声データ)と甲11号証(新宿署黄海副署長の説明の音声データ)を提出するようにという申し出があり、原告側代理人が「録音の音声は法廷で公開したい」旨 回答したところ、裁判長は「それは、こちらが聴いてから判断します」とのことでした。

休廷後、間もなく、清水勉先生を始めとする弁護団の先生方は、【息子 原田信助が録音したICレコーダーの音声データ】(乙31号証)と【私 原田尚美が録音した新宿署黄海副署長の説明の音声データ】(甲11号証)を提出しました。
息子は、2009年12月10日午後11時過ぎに、無理やり連行されたJR新宿駅西口交番で「録っておりますので、続けて頂けますか?」と録音を始め、その後の新宿署における取調べの様子等、全て残して逝きました。

事件の一ケ月後に、私は新宿署にお伺いして、当時の副署長黄海氏からご説明を受けました。
【甲11号証】の作成者は、(株)日本記録士協会所属 記録士 吉本 洋子氏(反訳者)となります。
反訳書には、以下の黄海氏のご説明が掲載されています。

「取り調べじゃなくて事情聴取ですね。息子さんは、犯人じゃないんで・・」
「物証、物証はないです」
「ええ、ええ。ですから、事情を両方聞いてて、警察の方では、原田さんに痴漢の疑いが掛けられてましたけれども、原田さんがやったという特定はできませんよと、いうふうに学生にも言いました」
「まあ、我々ね、ほんとにね、あのー、ちゃんとやってますよ」
「ううん。だって、あの、無罪の人作っちゃいけないもん」
「だって、あの、この人痴漢なんて来た人を鵜呑みにしたら、痴漢なっちゃうんですよ」
「息子さん、犯人じゃないんで、(写真は)裁断しなきゃいけないんです」

黄海氏は、「息子さんが受けた暴行事件の捜査は継続してやっていきます」とお約束して下さいました。
ところが、1月28日に、新宿警察署の菅原生活安全課課長から電話があり、息子を東京都の迷惑防止条例(痴漢)の被疑者と認定し、書類送致するとのことでした。
女子大学生の被害届が出されているのか訊ねましたが、有無について明言を避けられ、「新宿署として認定した」と言われました。

※菅原生活安全課課長のお話 
「いろいろですね、関係している方と、あと、そういったことでいろいろ捜査しましてです、駅員さんとか、関係した学生さんの方からも話を聞きましてですね、あと、ビデオテープとかいろいろですね、あのー、捜査のほうで調べましたらですね、もう残念ですけれども、息子さんのほうがですね、迷惑防止条例の被疑者と認定しましてですね、送致すると言うような形になりましたので、予めですね、ご連絡っていうことで差し上げたわけでございます」

その数ヵ月後に、黄海副署長は、本署に「教育係」として栄転されたと聞きました。

次回口頭弁論では、裁判長が、息子 原田信助が録音したICレコーダーの音声データと、私 原田尚美が録音した新宿署黄海副署長の説明の音声データを、裁判所で公開できるかどうかご判断されることと思います。

息子は自ら、新宿警察署の取り調べの可視化を行いました。
裁判官の方々が、「息子の録音」を証拠として採用することを信じています。
また、事件の一ヶ月後に、私 原田尚美が新宿署で録音した「黄海副署長のご説明」を、裁判所で公開するべく、裁判官の方々には、お力添えを頂きたいと心から願っています。

7月13日に、息子が急逝してから、四度目のお盆を迎えました。
当日、何方かが息子に花束をお届け下さいました。
お心遣いに、息子もきっと感謝していることと思います。

菩提寺の大きな蓮の花が次々と開花しては散り、今は一つの花だけが凛として咲いています。
この花のように、この国の司法も清々しいものであってほしいと願います。

息子はきっと、自分と同じような被害者の方が続かない様、願っていることと思います。
息子の名誉の回復のため、真実を明らかにするため、がんばってまいります。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。
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# by harada-n | 2013-08-10 08:00 | Comments(5)
2013年 07月 10日
目撃者を探しています! 7/10 追記
原田です。

皆様から沢山のコメントや、励ましのお言葉をいただき感謝しています。
ご支援下さる皆様、本当にありがとうございます。

皆様に今日は、7月9日に東京地裁709号法廷で開かれた「第12回口頭弁論」のご報告をしようと思います。
猛暑の中、沢山の方々が傍聴ご支援にお越し下さって、休廷後の弁護士会館での報告会にもご参加下さいました。
JR新宿駅で「目撃者探し」にご協力下さった方、事件当初からご支援下さる方々、息子の事件をご報道下さったジャーナリストの渋井哲也氏・林克明氏・三宅勝久氏 小林邦三郎氏を始めとする【犯罪被害者家族の会】の方々、【市民の目フォーラム北海道】代表の原田宏二氏、息子と同じ冤罪被害者の方々、フェイスブックで知り合った方々など・・ 
皆様のご支援に、心から御礼申し上げます。

【第12回口頭弁論のご報告】 2013年7月9日 東京地方裁判所 709号法廷

今回の公判に先立って、原告側から東京地方裁判所に準備書面(6) 証拠説明書(5)書証(甲第10〜12号証)が提出されました。

【甲10号証】作成者:東京地方検察庁検察官検事 和田澄男 作成年月日:2012年11月21日
◇被害者原田信助に係る暴行被疑事件(平成22年検第14522号)については捜査記録が存在すること。しかし、原田信助を被疑者とする暴行被疑事件の記録は存在しないこと。新宿署は双方暴行についてどちらも送検していないこと。
【甲11号証】作成者:(株)日本記録士協会所属 記録士 吉本 洋子(反訳者)作成年月日:2010年1月11日
◇特命捜査本部において、故原田を被疑者とする都条例違反事件の捜査をしている最中に、新宿署の黄海副署長が、原告に対して、捜査状況を全般的に説明しており、警察では故原田を犯人だと判断していないこと、故原田を犯人だとする客観的な証拠がないこと、故原田を被疑者とする捜査はすでに終了しているので故原田の姿写真は裁断することになっていることなどを説明したこと。
【甲12号証】作成者:●● ●● (集団暴行事件の目撃者の方が検察庁特捜部にてご供述下さった陳述書)作成年月日:2010年10月17日
◇平成21年12月10日午後11時過ぎ、JR新宿駅の総武線ホーム(池袋方面行き)に向かう階段の下付近で、2mくらいの至近距離で目撃した状況は、私服で少し脱色した今どきの感じの髪型をした学生らしき2,3人の男性がひとりの男性を取り囲んで、うちひとりがうずくまっている男性の胴体付近を思いっきり何度も蹴っていた。周囲の人が「もう止めとけよ」と止めても、蹴るのをやめなかったので、駅員を呼ぶことになった。そのときにはまだ駅員も警察官もいなかったというものだった。

今回の法廷で、原告側は再度、被告東京都に「求釈明の回答」を求めました。
東京都側の代理人は、今回も「(回答に)二ヶ月位かかる」と回答しました。

裁判長から、原告側代理人に、乙31号証(息子 原田信助が録音したICレコーダーの音声データ)と甲11号証(新宿署黄海副署長の説明の音声データ)を提出するようにという申し出があり、原告側代理人が「録音の音声は法廷で公開したい」旨 回答したところ、裁判長は「それは、こちらが聴いてから判断します」とのことでした。
また、原告側代理人が証人喚問について言及したところ、東京都側の代理人から、「それは誰ですか」との問いがあり、原告側は「JR新宿駅西口交番の警察官でしょうね」と答えました。


第13回口頭弁論は、9月17日(火)午前11時30分〜 東京地裁709号法廷で開かれます。
裁判長が、息子 原田信助が録音したICレコーダーの音声データと、私 原田尚美が録音した新宿署黄海副署長の音声データを、裁判所で公開できるかどうかご判断されることと思います。

息子が急逝してから、1307日が過ぎようとしています。
事件当時、25歳だった息子は、今年29歳になりました。

「継続は力なり」 息子の好きだった言葉です。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。
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# by harada-n | 2013-07-10 06:50 | Comments(6)
2013年 06月 10日
目撃者を探しています! 6/10 追記
原田です。

皆様から沢山のコメントや、励ましのお言葉をいただき感謝しています。
ご支援下さる皆様、いつもありがとうございます。

皆様に今日は、5月20日に東京地裁803号法廷で開かれた「第11回口頭弁論」のご報告をしようと思います。

今回の口頭弁論で被告東京都は、被告準備書面(6)の陳述をしました。
書証として乙31号証(息子 原田信助が録音したICレコーダーの音声データの反訳文)を提出しました。
原告側としては、こちらの証拠を先に出されてしまったので、やむを得ず、乙31号証の成立を認めました。
原告は次回口頭弁論で、乙31号証を引用する形で反論することになりました。

原告の唯一の物的証拠である(息子 原田信助録音の反訳文)を書証として提出した被告東京都の意図は不明ですが、息子が録音したICレコーダーには、
新宿署の刑事たちが、
刑事)「だいたいわかった。ただ貴方が今日ほら、ここに来たっていうのは、要するに【階段】で、女性の方の何か、お腹か何か、こう・・」 
刑事)「手では絶対触ってない。貴方自身が【階段】を上ってるときに、女性の方の認識はありました?女の人とすれ違ったなあとか」
と取り調べを受けている様子が残されています。

ところが、新宿署が設置した(全国で前例がないという)【特命捜査本部】の捜査結果によると、「息子 原田信助は 【通路】で、女性のお腹を触った痴漢犯人」となっています。
被告東京都は、この矛盾をどのように釈明するつもりなのでしょうか。

息子が急逝して、1277日が過ぎようとしています。
白いトルコ桔梗の向こうで、写真の息子は優しく微笑んでいます。

7月9日(火)11時から 東京地方裁判所709号法廷にて、第十二回口頭弁論が開かれます。
休廷後、清水勉弁護士による報告会も予定しています。
皆様のご参加をお待ちしています。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。
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# by harada-n | 2013-06-10 08:30 | Comments(4)
2013年 05月 10日
目撃者を探しています! 5/10 追記
原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。
ツイッターでは 2882名の方々にフォローして頂き、フェイスブックでは 1179名の方々と友人になることができました。

今年1月24日に、ジャーナリストの寺澤有氏が【本当にワルイのは警察】(宝島SUGOI文庫) 新7章 【国賠訴訟で警察と闘う人々】に、 「痴漢冤罪で自殺した息子のために闘う母親」 をご搭載下さいました。
また、4月には、元道警釧路方面本部長の原田宏二氏が【警察崩壊ーつくられた“正義”の真実】(旬報社) 第4章に、 【国賠訴訟ー誤りを認めない警察 新宿痴漢冤罪事件】として、息子の事件をご登載下さいました。
P.224 には、当時の新宿署黄海副署長のご説明 「(息子さんを犯人と特定する)物証はないです。」等の記録をご掲載いただきました。


皆様に今日は、寺澤有氏の【本当にワルイのは警察】(宝島SUGOI文庫) 「痴漢冤罪で自殺した息子のために闘う母親」 をご紹介しようと思います。

(本文から)
まず紹介するのは、原田尚美(56歳)さんだ。原田さんは息子の信助さん(当時25歳)が、2009年12月10日深夜に、JR新宿駅構内で痴漢と間違えられて、警視庁新宿署へ連行された。信助さんは取り調べで痴漢を否認に、被害女性も「犯人と(原田さんの)服装が違う」としたため、明け方4時ごろには解放されたが、その後、東京メトロ東西線の早稲田駅のホームから電車に身を投げて自殺してしまった。当初はなんの手がかりもなかった尚美さんだったが、信助さんの遺品に、新宿署の警察官の取り調べを録音したICレコーダーがあったことで、国賠訴訟を決意する。
2011年4月26日、母である尚美さんは「警察官の捜査は違法で人権侵害」として、東京都に1000万円の損害賠償を求める訴訟を提起した。訴状では、「被害者からの説明を聞いて、故原田を被疑者とする痴漢事件はおよそ存在しないことが明らかになっていたにもかかわらず、黙秘権の告知もしないで取り調べ、自宅に電話することや帰ることを認めず、『女性があなたを覚えていた』などと虚偽の説明をして自白を強要した」としている。同年6月14日、東京地方裁判所で読み上げられた意見陳述書を全文掲載するので、まずは読んでみてほしい。

(2011年6月14日第一回口頭弁論:意見陳述書)
 原告の原田尚美と申します。平成21年12月11日早朝、東西線・早稲田駅のホームから線路に身を投げ自殺した原田信助当事25歳の母親です。
 息子は意志の強い努力家で、JAXAに入る時には、一日15時間も勉強していたことを、親友の方から聞きました。
 とても優しい息子でした。子供の頃から母の日には必ずカーネーションを買って来てくれました。社会人になり、初めてのお給料日には、私に肩たたき器を買ってくれました。
 お友達も多かったようで、昨年(2010年)の5月・7月・8月の11日にお別れ会をしたときには、沢山の友人の方にご参列頂きました。

 息子の悲劇は、平成21年12月10日夜、突然やって来ました。
その日の午後11時頃、息子は、帰宅するため、新宿駅構内の地下通路からホームへ上がる階段を上りかけていました。その時、見知らぬ男たちによって突然階下に引き落とされ、殴る蹴るの暴行を受けました。
息子は、「今、暴行を受けている」と、必死で携帯電話から110番通報しました。
 新宿駅西口交番から複数の警察官が駆けつけました。息子は当然、警察官はすぐに自分のいい分を聞いてくれるものと思い、交番についていきました。
 ところが、警察官らは、息子の話を聞かないどころか、奥の部屋に閉じ込め、私に連絡しようと電話を貸してくれるよう頼んでも、聞き入れてくれませんでした。息子が「終電に間に合わなくなる」と訴えても、「あなたは被害者なんだから、署に行って、刑事さんに話さなければいけない」と言って帰らせてくれませんでした。
 息子は、新宿署に行けば、被害を聞いてもらえ、電話を貸してもらえると信じ、パトカーで新宿署に連行されました。

 ところが、午前1時頃から始まった取り調べでは、新宿署の刑事は息子に「痴漢容疑の取調べだ」と言いました。息子はそこで初めて自分に痴漢の容疑がかけられていることを知りました。息子は、自分が一方的に暴行を浮けた被害者であることを説明しましたが、3人の刑事はだれも真面目に聞こうとしませんでした。「もう帰っていい」と言われたのは午前4時頃でした。
 実は、この頃すでに痴漢被害者を自称していた女性は、息子が犯人ではないことを警察に説明していましたが、新宿署では誰もそのことを息子に話してくれませんでした。
 あまりにも理不尽な仕打ちに、息子は冷静な判断力を失い、出身大学である早稲田大学を目指して電車に乗り、地下鉄東西線・早稲田駅に辿り着くと、そこで命を絶ちました。

 これに対する警視庁の酷さは想像を絶していました。
 息子が自殺した49日後の1月29日。警視庁は息子を、「東京都迷惑防止条例違反の被疑者」として、東京区検察庁に書類送致しました。息子が弁解できないことをいいことに、犯罪者として事件処理したのです。検察は「被疑者死亡」で不起訴です。「嫌疑なし」にはしてくれませんでした。
 警察が人の人生、命を弄ぶようなことをしてよいのでしょうか。人間として、親として決して許すことはできません。

 息子の人生は、希望に向かって歩み始めたばかりでした。事件当日は、念願の新しい職場での息子の転職の歓迎会の帰り道でした。
 息子がいなくなり、初めて息子の部屋に入りましたら、部屋中本がいっぱいで、資格試験の参考書が積まれていました。事件の前月には情報処理技術者の資格も取得していました。他にもまだまだ人生で挑戦したいことが沢山ありましたし、「将来、早稲田大学に奨学金をつくりたい」などの夢もありました。
 この度、国家賠償請求訴訟を提訴したのは、息子の名誉の回復のためと、この国の警察の捜査によって息子のような被害者を二度と出してほしくないという心からの願いからです。
 裁判官の皆様には、適正なご判断を仰ぎたく宜しくお願い申し上げます。


 いかがだろうか。自分は暴行の被害者だと思っていた信助さんは、痴漢の被疑者として扱われていたのだ。原田さん側の代理人である清水勉弁護士は「ICレコーダーの録音もあり、事実関係は警察も認めざるをえない」としている。
 2011年4月に始まったこの裁判は、2012年12月現在、8回の口頭弁論が行われたが、様々なことがわかってきている。原田さん側が裁判所を通じて東京地方検察庁からとり寄せた信助さんの不起訴記録だけでも約300枚もある。
 清水弁護士は「警視庁が痴漢被害者をでっち上げて、信助さんを東京地検に書類送致した可能性がある」という。清水弁護士は、「事件当日、痴漢の被害者女性は『信助さんは犯人と違う』と証言し、信助さんは新宿署から解放された。にもかかわらず、40日以上も経った2010年1月26日に被害届が提出されている。通常、このようなことは考えられない。その2日後、新宿署は信助さんを痴漢容疑で東京地検に書類送検し、自分たちの捜査が適正だったという体裁を整えた。送検の必要性から、新宿署が被害届を捏造した疑いがある」と指摘した。
 元北海道警察本部釧路方面本部長の原田宏二氏も数回、裁判を傍聴しているが、
「新宿署は信助さんの事件で『捜査本部を設置した』としている。しかし、痴漢で捜査本部など、ありえない。信助さんが自殺し、新宿署の捜査が問題になるのを想定して、警視庁本部があとづけで様々な体裁を整えさせたのだと思う」と推測している。
 この事件はわりあいマスコミで取り上げられている。2010年12月10日で事件発生から3年経ったが、その翌日の命日にはテレビ局も取材に来ていた。読者にもぜひ関心を持ってもらいたい事件である。


5月5日に、息子に近況の報告に行きましたら、菊とカーネーションの花束が届いていました。
お心遣いに、息子もさぞかし喜んでいることと思います。
2010年4月30日 息子の誕生日に、新宿駅で目撃者探しをしていたところ、【夕刊フジ】の小川記者が、ご取材に来て下さいました。
5月7日に記事をご搭載頂いたので、多くの方に息子の事件を知っていただくことができました。
三年後の、2013年5月7日に、小林邦三郎氏代表の【犯罪被害者家族の会】の広報ご担当者様が、【裁判支援ビラ】をご作成下さいました。
ご支援くださる皆様、本当にありがとうございます。

2009年12月10日に、息子が降り立つはずだったJR駒込駅のツツジが綺麗に花開いています。
この花のように、この国の司法も清々しくあってほしいと願います。

5月20日(月)11時から 東京地方裁判所803号法廷にて、第十一回口頭弁論が開かれます。
清水勉弁護士による報告会は、弁護士会館5階509号室にて開かれます。
皆様のご参加をお待ちしています。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。
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# by harada-n | 2013-05-10 08:15 | Comments(8)
2013年 04月 30日
目撃者を探しています! 4/30 追記
原田です。

皆様から沢山のコメントや励ましのお言葉をいただき感謝しています。
ご支援くださる皆様、本当にありがとうございます。

今日4月30日は、息子の誕生日で、生きていれば29歳になっていたはずでした。

今日は、息子の母校の早稲田大学に行って参りました。
校内は連休中のため、人通りも少なく、とても静かでした。
大隈重信公の銅像の前でお会いした方に、息子の事件をお話したところ、
「お母さん、がんばってください」と仰って下さいました。

その後、地下鉄早稲田駅で黙祷を捧げ、2009年12月11日に息子が息を引き取った東京女子医大の救命センターに献花に伺いました。
息子がお世話になった第一霊安室が空いていましたので、係の方にお願いして、お焼香させていただき、ご好意で、「般若心経」を読経して頂きました。
息子のような警察による被害者の方が続かないよう、祈りました。

4月23日に、小林邦三郎氏が代表を務める【犯罪被害者家族の会】(ポエナ)の定例会議に参加させていただきました。
その後、小林氏のご協力の元、JR新宿駅の事件発生現場で「目撃者探し」を行いました。
「ネットで応援しています」と仰って下さった方もいらっしゃいました。
お話を聞いて下さった皆様、本当にありがとうございます。

息子が急逝して、1236日が過ぎようとしています。
2009年12月10日に、息子が降り立つはずだった駒込駅のツツジが、綺麗に花開いています。
この花のように、この国の司法も清々しくあってほしいと願います。

今日は、息子に白いトルコ桔梗と霞草を届けてまいりました。
息子と同じ警察被害者の方が続かないよう、祈りました。

「継続は力なり」 息子の好きだった言葉です。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。
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# by harada-n | 2013-04-30 19:51 | Comments(8)
2013年 04月 10日
目撃者を探しています! 4/10 追記
原田です。

皆様から沢山のご支援をいただき感謝しています。
ご支援くださる皆様、本当にありがとうございます。

息子が、2009年12月10日午後11時頃、JR新宿駅で災難に遭遇してから、三年と四ヶ月が経とうとしています。
そして、2011年4月26日に、東京都(警視庁)を提訴してから二年が経とうとしています。

皆様に今日は、【事件後の経緯】と、【裁判の経緯】をお伝えしようと思います。

【事件後の経緯】

■2009年12月10日~11日
午後11時頃、歓迎会から帰宅するために新宿駅構内を通行中だった息子は、女子大学生の(お腹を触った)痴漢犯人とされ、女子大学生の友人の男子大学生に階段から引き落とされ、一方的な暴行を受けた。
息子は110番通報をしたが、駆けつけた駅員・警察官より、痴漢犯人として扱われ、新宿西口交番から、新宿警察署に任意同行された。
そして、新宿警察署では痴漢の被疑者として、明け方4時頃まで取り調べを受け、その後、息子は、新宿署内で休息を取り、5時45分頃警察署を出ると、電車に乗り早稲田駅に行き、午前6時40分、電車に轢かれ重態となり、東京女子医大に搬送された。
午後7時15分に私(原田尚美)の携帯電話に牛込警察署より電話があり息子の事故を知る。

■2009年12月12日
牛込警察署から、息子の持ち物らしきボイスレコーダーが落し物として届けられているとの連絡を受け、息子の声を確認して受け取る。
新宿警察署に電話をして、息子が何故、新宿署にいたのか、何時までお世話になっていたのか教えていただきたいと訊ねるも、「わからない」という答えしか返ってこないため、110番に通報して、きちんとした説明を求める。

■2009年12月13日
新宿警察副署長黄海氏より、私に電話があり、
「息子さんと大学生3人との間でトラブルがあり、駅員に取り囲まれ、お腹を触られたんではないかとする痴漢容疑で新宿警察署(生活安全課)で事情聴取を受けるが、大勢の人間が行き交う新宿駅で、息子さんを痴漢と認定するのは無理という判断の元、痴漢容疑は晴れたが、その後、お互いの暴行容疑で事情聴取が続き、3時から4時ころ、『学校もあるだろうし、会社もあるだろうから、帰宅するように』と言われ、大学生は帰ったが、息子さんは休ませてくれ、と言って2階のソファーで休んだ。
息子さんが署を出たのは5時15分・・・5時から6時半くらいの間かな。誰かが付きっきりでいた訳ではないので、正確な時間は分からない」と説明があった。
私が「息子はケガをしておりませんでしたか?」と訊ねたところ、「外傷はありませんでした」と答えた。(※この電話の内容は、翌2010年1月11日の新宿警察署での会見の際、黄海氏本人に確認しています)
■2010年1月9日
新宿警察署副署長より電話。1月11日に会うこととなる。

■1月11日
午前10時 新宿警察署にて、黄海氏と生活安全課課長菅原氏と会見。
「息子さんは(痴漢容疑の)犯人ではない」と言われ、ボイスレコーダーの提出を求められる。
黄海氏の説明では、「息子と、息子と組み合った男子大学生一名のみが事情聴取を受け、女子大学生ともう一人の男子大学生は参考人、誰からも被害届は出ていない」と言われる。
事件当夜、息子が暴行を受けた現場からかけた110番通報の内容と、受けた暴行の内容については、後日確認後に連絡をいただいて、息子の代わりに私が暴行の被害届を出すことになった。

【事件発生現場について】
※息子のボイスレコーダーの録音
「女性の方が階段で、あなたに、お腹を触られたと被害を訴えている」
※当日の黄海氏のお話
「(階段で、接触したかどうか確認できる)物証はない」
「警察のほうでは、原田さんに痴漢の疑いが掛けられてましたけども、原田さんがやったという特定はできませんよと、いうふうに学生にも言いました」
※同日の菅原生活安全課課長のお話 (会見後 新宿駅にて)
「息子さんと学生達は、この通路ですれ違いました」 

■1月28日
新宿警察署の生活安全課課長から電話があり、息子を東京都の迷惑防止条例(痴漢)の被疑者と認定し、書類送致するとのこと。
女子大学生の被害届が出されているのか訊ねたが、有無について明言を避けられ、また「新宿署として認定した」と言われた。

※菅原生活安全課課長のお話
「いろいろですね、関係している方と、あと、そういったことでいろいろ捜査しましてです、
駅員さんとか、関係した学生さんの方からも話を聞きましてですね、あと、ビデオテープとかいろいろですね、あのー、捜査のほうで調べましたらですね、もう残念ですけれども、息子さんのほうがですね、迷惑防止条例の被疑者と認定しましてですね、送致すると言うような形になりましたので、予めですね、ご連絡っていうことで差し上げたわけでございます」

■2月1日
同じく新宿警察署の生活安全課課長から電話。1月29日に息子を東京都の迷惑防止条例の被疑者として、東京地検に書類送致したとのことであった。
暴行容疑の事情聴取での調書は存在するのかと訊ねたところ、調書は存在しないと説明したはずであると返答。
■2月25日 
JR東日本、機器管理室のおぶない氏から、東京都個人情報開示課の君島氏に連絡があり、
「平成21年12月10日の新宿駅の防犯カメラの映像は、警察のほうから証拠保全の指示がなかったので、消してしまってありません。」(※1)

■2月25日
新宿警察署に、息子に代わって被害届を提出しようとしたが、拒否された。

JR新宿駅駅長室で助役さんに、12月10日の日誌を見せていただく。
[12月10日・8号ホーム23:05迷惑行為で110番]との記載を確認。
暴行現場である階段の上に設置された防犯カメラは「階段の下まで写すカメラ」であることを教えていただく。
新宿駅でのチラシ配りの許可はいただけなかった。
■3月1日
警視庁情報公開センターに息子の「110番通報」の開示を請求。

■3月11日
新宿駅でチラシを配り始める。

■3月16日
東京都庁個人情報開示課へ、「110番通報」の開示請求について相談に伺う。

■3月18日
弁護士に「110番通報」の開示請求のため「23条照会」をかけていただく。(3月24日付照会)

■3月23日
新宿警察署に男子大学生を住所氏名不詳のまま暴行容疑で告訴しようとしたが拒否される。
暴行現場である階段の手前に、新しい階段が完成。

■4月6日
東京地方検察庁に弁護士と告訴状を持参。

■4月8日
新宿警察署から「郵送した告訴状を返送する」と2度めの告訴拒否の連絡を受ける。

■4月12日
目撃者探しのためのブログを開設。

■4月20日
検察庁から電話。検察庁は告訴を受理する方向で動く旨および証拠としてボイスレコーダーを提出してもらいたいという要請を受けた。

■4月23日
息子が11時27分にかけた「110番通報の記録」が一部開示された。(4月19日付回答)

■4月27日
検察庁から電話。都の迷惑防止条例の不起訴記録は非開示と連絡を受ける。

■5月25日 検察庁から「男子大学生に対する告訴状は受理されている」旨の連絡を受ける。

【メディアの報道と警察署・JRのコメントの変遷】

■5月7日
夕刊フジに記事掲載。

■5月17日
週刊ポストに記事掲載。

■5月20日
産経新聞に記事掲載。
※同署(新宿署)によると女性は触ったという人物の顔を見ていない。
※唯一の物証は防犯カメラの映像だという。
※「女性の『(誰かに)触られた』という証言は信用できる。すれ違った瞬間はカメラの死角だが、証言と同じタイミングで触れる人は原田さんしか写っていない。
※証言と映像で複合的に判断した」と説明する。
※「本来は立件するような事案ではなかった。母親の『暴行』との訴えや、相手の女性の気持ちも考慮した結果白黒つけるべき話になった」
※「(大学生の行動は)痴漢の行為を引き留める行為の一環」

■5月25日
週刊女性に記事掲載。
【新宿署のコメント】
※「痴漢と暴行をセットで捜査して終了した」
※「原田さんが亡くなったことは、大変お気の毒ですが、本件については必要な捜査を適正に行ったあとに送致しております」

【JR東日本のコメント】
「社員が現場に駆けつけたときは、1人の男性が馬乗りになって押さえつけていた、とのことです。痴漢ではなく、トラブルとして対処した、と聞いています」

※2010年8月23日 痴漢行為東日本旅客鉄道からの「質問状」への回答

※「弊社社員は、痴漢行為の事実及び現場を確認していません」
※ 「弊社において、痴漢行為の目撃者がいらっしゃったのかどうかは確認しておらず、また、暴力行為の目撃者の連絡先等は確認しておりません」
※ ・・。 なお、今回のご質問を受けて再度確認しましたところ、これとは別に本件事象発生直後に、本件事象の発生箇所周辺の防犯カメラの映像を提供するよう、警察当局から捜査事項照会を受け、映像を提供しておりました。現在は警察当局に提出しました防犯カメラの映像は返却され、当社で所持しております。しかし、こうした防犯カメラの映像の提供につきましては、他に写っているお客様の肖像権の問題もございますので、司法機関等からの法的手続きによる場合を除き、閲覧等のご要望はお断りしております。何卒ご理解、ご容赦のほど、お願い申し上げます。

■6月14日
フジテレビ:スーパーニュースで放送。

■6月15日
司法記者クラブで記者会見。
ニコニコ動画で生放送。
TBSニュース23で放送。

■6月16日
産経新聞に記事掲載。
毎日新聞に記事掲載。
共同通信社にて記事配信。

■6月21日
【JR新宿駅駅長室】
『駅助役の話』
[12月10日・8号ホーム23:05迷惑行為で110番]について
「迷惑行為といっても喧嘩、痴漢など色々ある」(秋葉助役)
「社員が現場に行って確認してから110番通報をしている」(秋葉助役)

■6月28日
【JR新宿駅駅長室】
『駅助役の話』
※「JRの社員が現場に行き、女性から『痴漢』と言われたので、8号ホームから別の社員が警察に通報した。」(秋葉助役)
※「『迷惑行為』とは『痴漢行為』を指していう」(他の職員)
※「警察官に引き渡した時間は、通常だと110番通報をしてから10分か15分後になる」(秋葉助役)

「(テレビの警察のコメントのあった)息子が駅員の方の名札を奪ったというのは本当ですか」  という質問に
「警察に聞いてもらいたい」(秋葉助役)
「事実です」(他の職員)

■7月7日
目撃者の証言等から、「息子のかけた110番通報」は11時過ぎ頃と判明し、二度目の「23条照会」をかけていただく。

■8月11日
警視庁・新宿警察署及びJR東日本への【質問状】を送付する。

■8月13日
息 子が11時20分にかけた「110番通報の記録」が開示された。「応答した直後に無言のまま切断されています」という内容だった為、通信指令センターの山 岸氏と会話をした最初の「110番通報の記録」を開示請求のため、三度めの「23条照会」をかけていただくことになる。
■8月24日
JR東日本からの【回答】が届く。
公開質問状の回答から(一部抜粋)
※「現在は警察当局に提出しました防犯カメラの映像は返却され、当社で所持しております」とのこと 
※1 2月25日の回答では警察から証拠保全の指示がなかった為、消去して無いとの回答

ニコニコ動画で二度目の生放送。

■9月11日
警視庁新宿警察署からの【回答について】が届く。
警視庁新宿警察署からの【回答について】は、【回答について】は回答できないという内容。

■9月29日
故黒木昭雄氏と初めて面会。

■10月18日
新たな目撃者の目撃証言を代理人の弁護士が検察庁特捜部佐藤検事に提出。

■10月19日
新宿駅の事件現場で何時もの様にポスターを掲げて立っていたところ駅員が現れ
「こんなところに立っていないで、改札の外へ行ってください」と言われる。

■10月20日
事件現場で一人で立っていたところ、突然駅員が現れ至近距離より写真を撮られる。
「私には肖像権がありますので、その写真はお返しください」と言ったところ
駅員は
「私はあなたを撮ったのではない。工事中の現場の写真を撮っただけです」と言い残し、逃げるように駅長室に入る。

■10月26日
再度、JR新宿駅の上原助役に写真を撮られる。
一緒にいた人も2回フラッシュを浴び、20日と同様に、写真を返却するよう言ったが、
「あなた達を撮ったのではない。構内の写真を撮っただけです」との返答。

■11月1日
午後4時に故黒木昭雄氏と最後の会話。
原田:「明日メールをお送りいたします」
黒木:「わかりました」

■11月6日 
夕刊フジ 「目撃者現れ新展開」
産経新聞MSNニュース に掲載。

■12月2日
午後1時:東京地方裁判所の決定の元、証拠保全の検証を行うため、裁判官・書記官・弁護士の先生・カメラマンの方が東京都警視庁通信指令本部に出向く。
しかし、警視庁は、「人手が足りない」「業務に支障をきたす」等の理由で、証拠保全の検証手続きを12月27日に先送りにする。

■12月6日~9日
「日刊サイゾー」にて
「短期集中連載」発生から1年「新宿駅痴漢冤罪暴行事件」の闇 ①~④が掲載される。

■12月7日
警察が息子を痴漢の犯人と断定した根拠とされる「新宿駅の監視カメラの映像」を、JR東日本に証拠保全に出向くも、提出された証拠はデータをVHSのテープにコピーした不鮮明な映像であり、しかも、事件が発生したと言われている時間とは違うものであった

■12月10日
ニコニコ生放送にて一周忌企画として三度目の生放送
「痴漢と呼ばれ自殺~1年前の夜、新宿駅で何が起きたのか?」

出演者)
津田大介(メディアジャーナリスト)(@tsuda)
原田尚美(信助さんの母親)
江川紹子(ジャーナリスト)(@amneris84)
小川健(夕刊フジ記者)(夕刊フジ公式サイト:ZAKZAK)

■12月11日
息子原田信助の一周忌法要が行われる。
■12月14日
夕刊フジ 及び ZAKZAKにて記事掲載
【夕刊フジ編集局から】ジャーナリスト江川紹子も追い続けるJR新宿駅・突然痴漢容疑で自殺

■12月15日
東京地検は、息子を暴行の被害者とする、告発を「嫌疑なし」「証拠なし」として、立件しないと決める。

■12月17日
夕刊フジ 及び ZAKZAKにて記事掲載
【夕刊フジ編集局から】亡き息子の痴漢えん罪を訴えた母の願い

■12月27日
午後1時:東京地方裁判所の決定の元、証拠保全の検証を行うため、裁判官・書記官・弁護士の先生・カメラマンの方が再度、東京都警視庁通信指令本部に出向く。
警視庁は、音声の記録は提出せず、文書の記録をコピーした紙を提出する。
警視庁の提出した記録により、事件の翌朝4時30分には、被害女性が「(息子は)人違いだった」と証言していたことが判明する。
2011年
■ 3月4日
真実を明らかにするために、この度、東京地方検察庁に対し、要望書を提出
要望書「新宿駅痴漢冤罪事件、事件記録閲覧の申請に関して」(PDF形式)
支援:犯罪被害者家族の会Poena 
■ 3月10日
警視庁情報公開センターに息子の写っている「牛込署の保有する防犯カメラの映像」の開示を請求。

■ 3月31日
犯罪被害者家族の会Poena 代表の小林邦三郎氏にご同行頂いて、
検察庁にて「新宿駅の防犯カメラの画像」の開示請求書を提出する。
刑事部高橋検事より、【要望書】の質問に対して「検察庁の捜査に違法性はない」という回答がある。
警視庁に「牛込署の保有する東京駅から大手町駅間の息子が写っている防犯カメラの映像」の開示を再度請求。
中野寛成国家公安委員長宛に【要望書】を提出する。

■ 4月4日
警視庁情報公開センターより、息子の写っている「牛込署の保有する防犯カメラの映像」の開示は
刑事訴訟法第53条により開示できないと回答が届く。

■4月26日
警視庁を提訴 東京霞ヶ関の弁護士会館にて記者会見
ニコニコ動画にて 記者会見を生放送
「日刊サイゾー」記事掲載
「ニコニコニュース記事掲載」

■4月27日
東京新聞に記事掲載
朝日新聞:東京版に記事掲載

■5月9日
週刊ポストに記事掲載


【裁判の経緯】 「警察はなぜ防犯カメラの映像を提出しないのか」

●2011年4月26日 
清水勉先生を筆頭とする弁護団に依頼して、東京地裁に東京都(警視庁)を相手取り、警視庁(東京都)を提訴する。
●2011年6月14日
東京地裁709号法廷 第1回口頭弁論
原告は事件に関わった警察官、被害女性とその友人、駅員2名の供述調書及び3台の防犯カメラの映像とその配置図、当時の新宿駅構内の配置図の提出を求める。
被告東京都は、「警察の捜査に問題はなかった、痴漢行為は存在した」と文章の供述のみに終始し、証拠の提出、また痴漢事件発生現場とその状況等については言及しなかった。
●2011年8月30日
東京地裁611号法廷 第2回口頭弁論
原告は前回提出を求めた「証拠」に加えて、原田信助の全身写真及び供述調書、検察庁に送付した送致書に添付した目録の提出を求める。
被告東京都は前回と同じく、「新宿署署員の証言・被害女性の証言・防犯カメラの画像解析」を文章の供述のみに終始し、証拠の提出、痴漢事件発生現場とその状況について一切触れようとしなかった。
●2011年11月8日
東京地裁709号法廷 第3回口頭弁論
原告は「存在しない事件の書類送致は、刑訴法246条本文に反し違法である」ことを主張する。
被告東京都は依然として、16頁に及ぶ準備書面にて「警察の捜査に違法性はない。痴漢事件は存在した」と供述し、証拠の提出等について言及しなかった。
●2012年1月17日
東京地裁709号法廷 第4回口頭弁論

◆2012年1月31日付けで
東京地方検察庁 検察官 鎌田 隆志 検事より、東京地方裁判所12部合議B係 乾 俊彦 書記官に 文書の送付嘱託について(回答・300ページに亘る文書)が届く。
●2012年3月6日
東京地裁709号法廷 第5回口頭弁論
被告東京都は防犯カメラのビデオ映像については一切触れず、検察から出された300ページに亘る文章と写真のみ提出した。
清水弁護士の、「今回提出された事件記録のうち、(カラー)写真をもって乙第21号証を書いたのか?」との問いに対し、被告東京都は(信助氏が映っている)映像は見ていないと答えた。原告側代理人はこれらに対する準備書面を作成中だとし、更に被告の主張には正当性が無いとも述べた。
◆ 公判後の清水勉弁護士のお話によると、今回の不起訴記録は警視庁が今まで主張していた内容と違う事が書かれているので、警視庁としては想定外であった可能性がある。
又、今まで所謂痴漢の被害者とされた女性は、原田さんが亡くなって二ヶ月近く経って被害届を出していた。清水弁護士からは、「人相服装から原田さんではないと事件当日女性が証言し、信助さんの痴漢冤罪が晴れたにもかかわらず、二ヶ月近く経っての被害届と二日後の送検は疑わしいのだと言う。送検の為にわざわざ被害届を出させた可能性だけでなく、当の女性が果たして実際に被害届を書いたのかにも疑問を呈していた。
報告会の途中、元北海道警釧路方面本部長の原田宏二氏が、「捜査本部設置」の不可解な点について言及。「信助さんのお母さんの尚美さんの動きから警察は国賠を想定して捜査本部を設置したのではないか」と指摘された。
●2012年5月8日
東京地裁709号法廷 第6回口頭弁論
原告代理人は、新宿署が事件捜査の為に設置したと主張する「特命捜査本部」について(同様の事件に関してその様な前例が無い事から)被告に対し設置に至る経緯、法的根拠等の説明を求めました。しかし、今法廷ではそれらに関する回答は無く、次回口頭弁論迄に「書面にて回答する」という事で休廷となりました。
●2012年7月10日
東京地裁709号法廷 第7回口頭弁論
●2012年10月16日
東京地裁709号法廷 第8回口頭弁論
原告代理人は、新たに、事件の隠蔽にJRが積極的に関与していた可能性について指摘しました。
公判に先立つ10月3日、原告側は、東京地方裁判所民事第12部合議B係に「文書送付嘱託申立書」を送付して、関係各所に証拠提出を請求しました。

第1 防犯カメラ映像。JR新宿駅の15番線ホーム及び16番線ホームに設置されていた2台の防犯カメラ映像、09年12月10日午後10時50分から午後11時15分まで。(送付嘱託先:JR東日本)
第2 本件当日の新宿駅長室日誌。トラブルを目撃した駅員から110番通報の要請があった時刻が記載。(送付嘱託先:JR東日本)
第3 原田信助が行った110番通報に関する文書。09年12月10日午後10時50分から午後11時15分までの間。(送付嘱託先:警視庁)
第4 相互暴行事件の送致記録すべて。(送付嘱託先:東京地方検察庁)

被告側は14枚の準備書面を提出し、「原告の主張はいずれも失当であり、新宿署員らの行なった本件捜査に何ら違法な点がないことは明らかである」と主張しました。

◆11月16日に裁判所書記官の乾 俊彦氏から事務連絡があり、
・警視庁―当該文書については保存期間経過により貴意に沿いかねるとうの回答書送付あり
・東日本旅客鉄道―防犯カメラ映像については既に消去されてありませんとの回答
 駅長室日誌については、業務日誌(2枚)の送付あり
・東京地方検察庁―回答をするべく準備中とのことでした。
息子が暴行を受けながら、助けを求めてかけた110番通報と、新宿駅の防犯カメラの映像は「消去されてない」とのことでした。

●2012年12月17日
東京地裁803号法廷 第9回口頭弁論
10月3日、原告側は、東京地方裁判所民事第12部合議B係に「文書送付嘱託申立書」を送付して、関係各所に証拠提出を請求しました。

◆11月22日に裁判所書記官の乾 俊彦氏から再度 事務連絡があり、
「東京地方検察庁に対する送付嘱託について、別紙のとおり送付できない旨の回答がありましたのでお知らせします。」とのことでした。
別紙には、
1. 被害者 原田信助の係る暴行被疑事件の不起訴記録については、刑事訴訟法第47条の趣旨に基づき、送付嘱託には応じられません。
2. 原田信助に係る暴行被疑事件の記録は存在しません。
と記載されていました。
東日本旅客鉄道に対しては、再度「業務日誌」ではなく、「本件当日の新宿駅駅長室日誌」を提出するよう「文書送付嘱託申立書」が送付されました。
◆平成25年1月11日にJR東日本(東日本旅客鉄道)は、東京地裁に対し、
「新宿駅には、「新宿駅駅長室の日誌はありません。よって、本件当日の当該日誌はありません。」と回答書を送付しました。

●2013年3月5日
東京地裁709号法廷 10回口頭弁論
今回の公判に先立つ2月19日に、原告側から東京地方裁判所に準備書面(5)が提出されました。
原告代理人は、新宿署の行なった物証に基づかない捜査の違法性について、事件発生現場及び(自称)被害女性の供述の変遷等について、言及しました。
◇これに対し、東京都側の代理人は、「(回答に)二ヶ月位かかる」と回答しました。

5月20日(月曜日) 11:00より、東京地方裁判所 803号法廷で、第11回口頭弁論が開かれます。
警視庁は、二ヶ月かけて、どのような回答書を提出するのでしょうか。


3月26日に、小林邦三郎氏が代表を務める【犯罪被害者家族の会】(ポエナ)の定例会議に参加させていただきました。二年ぶりの参加でしたが、皆様に暖かくお迎え頂いて感謝しています。


昨日は、息子に白いチューリップとサンダーソニアと霞草を届けてまいりました。
どれも息子が好きだった花です。
息子は、どのような思いで裁判の行方を見守っているのでしょうか。

「継続は力なり」 息子の好きだった言葉です。


これからも目撃者探しを続けていきますので、目撃された方、何か情報をお持ちの方、どうぞお知らせください。
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# by harada-n | 2013-04-10 09:03 | Comments(9)